ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント「“besign”talk meeting(ビザイントークミーティング)」。2018年8月24日に開催された第2回目のゲストは、企業とクリエイターのコーディネートおよびプロジェクトマネジメントを手がけるoffice ayumitoiro代表の関 美織(せき・みおり)さんです。どのようにして企業とクリエイターをコーディネートし最適なブランディングチームを作り上げていくのか、その過程や関さんが大切にしている想いについて、株式会社それからデザイン代表の佐野が聞き手をつとめ、成功するチームづくりの秘訣を探りました。
ビジネスとデザインを接着する
- 佐野
- 前回は東北で靴の卸売業を営む会社で、シューブランド「SOJI(ソジ)」を手がけるヒロセの菅井社長にお越しいただきました(第1回イベントレポート|前編・後編)。関さんは、その「SOJI」のブランドディレクターでもあり、企業とクリエイターのコーディネートおよび、プロジェクトマネジメントを軸に活動をされていらっしゃいます。今日のテーマ、「ブランディングチームの作り方」にも関わってくると思いますが、関さんのプロフィールには「office ayumitoiro代表」と書かれています。いわゆるコンサルタントとか、ディレクターというような職種名は名乗っていないですよね?
- 関
- はい、私はひとつも職種名を持っていないんです。ニーズがあって呼ばれる人だと思っていますので、自分ではあえて職種を名乗っていません。最初の与件整理の段階で、自分がどこからどこまで関わるかの業務範囲と費用を決めてからプロジェクトをスタートしています。例えば、企画からブランドの発売まで責任を持つ場合はブランドディレクター、年間の顧問契約でブランディングアドバイザーとして関わる場合など様々です。
- 佐野
- まさに、ビジネスとデザインの間を接着するという領域で活動されていると思います。今日は関さんが関わられた3つの事例を元にお話を進めていきたいと思っています。まず初めに前回のお話からもつながるシューブランド「SOJI」についてお聞かせいただけますか。
【CASE-1】
老舗卸売業の挑戦、ゼロから生み出す「SOJI」の価値づくり
- 関
- 靴業界に限らず、卸売業そのものの存在意義が問われている今の時代、株式会社ヒロセの菅井社長が自社のモノづくりで新しい価値を生み出していきたいと一念発起されたのがSOJIの始まりです。「ブランドの仕入れはやってきたけれど、ブランドの立ち上げ方がわからない。僕の右腕になって一緒に汗をかいてくれませんか?」というのが、私に課せられた大きな与件でした。働き盛りの男性が履けるような、ビジネスカジュアルというカテゴリで新しい靴を作りたいというイメージはありましたが、名前もコンセプトも何も決まっていない中でのスタートでした。
- 佐野
- ブランディングプロジェクトには、いくつかのパターンがあると思いますが、SOJIのプロジェクトは、単なるモノのブランディングという側面だけでなく、BtoBで卸売業だった会社がBtoCの小売業に挑戦する、いわゆる商流を変えるコーポレートリブランディングの事例とも言えますよね。
- 関
- はい、そうです。このプロジェクトはオリジナルブランドの靴をつくること以外に、規定された条件がほとんどなかったので、「誰に売りたいんですか?」というところから一緒に考えました。私は女性なので、ターゲットとする働き盛りの男性の気持ちがわからない。そこで、夫や佐野さんにも協力していただいて、靴をなぜ買うのか、履いた時にどんな気持ちになるのかなど、ベンチマークとなる10人の生活スタイルを徹底的にヒアリングしていきました。
- 佐野
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そうでしたね。僕もモニターとして協力させていただきました。すでにいくつかのメディアでも紹介されて評判になっているようですし、大手百貨店との取引が決まるなど、ビジネスとしても好調な滑り出しを見せていますよね。
SOJIは、東北のクリエイターが多く関わっていると聞いています。あらためてプロジェクトチームの構成について教えていただけますか?
プロジェクトチームの発足
- 関
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ブランディングにおけるプロジェクトチームの組み方は大きく分けて2つあると考えていて、社長が自らリーダーシップを取る形と、チームメンバーがプロジェクトを先導して社長がジャッジをしていく場合があります。菅井社長は前者で、非常にリーダーシップ力のある方なので、菅井社長が座長で私がパートナーという位置付けでした。
SOJIの場合は、まず物ができないと先に進まないプロジェクトでしたので、初めにプロダクトデザイナーの高橋 天央(たかはし・あまお)さんをご紹介し、菅井社長、私、それから、ヒロセさんの事業で既に関わりのある靴の専門家の赤松 まゆみ(あかまつ・まゆみ)さん、この4人でプロジェクトをスタートさせました。
- 関
- その後、プロダクトがある程度の形として見えてきた段階で、パッケージや販促のデザインを担当するグラフィックデザイナーの梅木 駿佑(うめき・しゅんすけ)さんが入り、最後にライターとカメラマンの方に入っていただくという、割とシンプルな構成ではありました。
- 佐野
- なるほど、そうだったんですね。クリエイターの方々は関さんを通さずに直接ヒロセさんと契約する形を取っているのですか?
- 関
- はい。私を通してマージンを乗せることはしていません。いつか別の発注が起こった時に私を通さないと値段がわからないというのはブランドが崩れる原因にもなります。各クリエイターが企業側としっかりとしたパートナーシップを組むためにも、全体の予算は私も把握しながら契約は直接でお願いしていました。
コンセプトを体現したネーミング、決まる瞬間
- 佐野
- “長く愛着を持って履ける靴にしたい”という想いが、SOJIのネーミングにつながっていると伺いました。ブランド名はどうやって決まったのですか?
- 関
- 本来であれば、プロジェクトの早い段階からコピーライターを入れるのですが、今回は社長と私と1:1でコンセプトメイキングをした段階で「SOJI」のネーミングが出てきていました。薄利多売な卸売業のアンチテーゼとして、長く履ける靴を作りたいなら、10年は持つ靴を作るべきだと、菅井社長の言葉に着想を得ました。三十路、四十路と続く“十年の路(みち)”からの“十路(ソジ)”という意味です。最終的にはメンバーと話し合って決めました。
- 佐野
- コンセプトが決まってから参画したメンバーもいますが、どういう基準でクリエイターの人選を考えられたのですか?
- 関
- まず、SOJIを履いたら似合うだろうと思う人です。こだわりを持ってデザインをやっている人が、打ち合わせの時にジャケットを羽織って、SOJIを履いていたらすごくかっこいいだろうと思いました。なので、SOJIのメインターゲットになるようなデザイナーに声をかけて、自分たちの仕事が誇らしく、且つ、履きたいと思う状況を作るのが私の裏テーマでしたね。年代も性別も近いこのプロジェクトメンバーが、みんなでかっこいいと思えるものができたら売れると思っていました。
ビジネスとデザインのあいだで揺れ動くプロセス
- 佐野
- SOJIはビジュアルのこだわりも相当あるプロダクトだと思いますが、一方で、安全性という機能面も非常に大事にされていましたよね。東北大の教授が技術監修に入っていたことと関連して、プロダクトデザインについては、意匠性と機能性のせめぎ合いもあったと菅井社長からも聞きました。デザインの決定プロセスについて聞かせていただけますか?
- 関
- 菅井社長の中には、歩行安定性などエビデンスが必要だという意識が非常に強くあり、“私たちが履きたい靴”というクリエイター側にあるイメージやビジュアルの思考に舵を切る決断においては、かなり難航しました。でも、私としては、このデザイナーたちが買いたいと思える靴でなければ3万円もする靴を一般の人が買うとはどうしても思えなかったんです。「一度、機能性のことは忘れて、自分が欲しいと思う靴を描いて欲しい」とプロダクトデザイナーに話し、そこで出てきたスケッチが今の靴の原型になっています。そのスケッチが突破口となり、菅井社長とクリエイターが、売れる靴の共通イメージを持ったことで前に進みましたね。
- 佐野
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僕はSOJIの開発中のプロトタイプも何度か拝見させていただいていて、このチームを傍らで見ていたのですが、誰かがボスに立つというよりはみんなが部活のメンバーのような雰囲気でプロジェクトを進めている気がしました。そういう関係性が築けているチームはあまりないと思います。みんながフラットに意見交換できる雰囲気で良いものを作り上げていく過程が好きで応援していました。
逆に、失敗談やもっとこうすれば良かったという話はありますか?
- 関
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販売方法について、某大手のECサイトを使って販路を広げるかどうかの議論で、本気ゆえに、一度大きな口論をしたことがあったんですよ。SOJIは600足生産のプロジェクトなのですが、ヒロセにとっては規模が小さくても私たちにとっては大きい。ECサイトを通して多くの人に知ってもらい、早々に売り切って結果を出したい菅井社長の経営者としての立場と、コンセプトや世界観を守りつつひとつひとつ丁寧に売っていきたいブランドの想いと、まさにビジネスとデザインの間で時間感覚のズレがありました。
他のプロジェクトでもよくある話だと思いますが、決算期でここまで数字を出しておかないと次期予算がつかないとか、そういうのは会社の都合であってお客様には関係のない話ですよね。SOJIの販売は自社のサイトで丁寧に行うべきであって、誰かに価格や販売のタイミングをコントロールされてしまったらブランドが崩れてしまうという危機感があり、最後まで強く反対しました。ただ、あの時、デザインの世界の常識を押し付けるのではなく、ビジネスの言葉に変換して社長に示せたかというと、出来ていなかったなぁと悔いが残っています。菅井社長としては卸先様との関係も含め、総合的に考えて自社ECに踏み切ったのだと思いますが、今、こうして手に取るべき人にじわじわと広がっていくのを見ていると、あのときみんなで踏ん張って良かったのかなと思いますね。
関 美織(せき・みおり) 宮城県仙台市生まれ。東北大学卒業後、心理学をベースに大手教育出版企業・エリアマーケティング部やコンビニエンスストア本部のスイーツ開発部を経験。 都内でフードコーディネーターを取得後、仙台へUターン。【食×マーケティング】を基軸にキャリアを積み、2008年仙台にて独立。 以降、仙台を拠点に地域企業の企画立案や商品リニューアルに関わり、デザインやブランディングのアドバイス活動を行う。 2012年度から仙台市経済局委託事業「とうほくあきんどでざいん塾」コーディネーターを5期務め、東北全域の被災企業とデザイナーをマッチングし、伴走支援を行ってきた。 *2014年度:仙台市起業支援センター『アシ☆スタ』ビジネス開発ディレクター |
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佐野 彰彦(さの・あきひこ) 明治大学理工学部数学科卒。株式会社それからデザイン代表。 主な著書に「経営者のためのウェブブランディングの教科書」「ウェブ担当者1年目の教科書」(共に幻冬舎)がある。 2015、2016年グッドデザイン賞受賞。 |
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“besign” talk meeting (ビザイントークミーティング)とは? ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント。 “besign”とは、businessの「b」、design の「d」を入れ替えて作った造語です。隔月交互に経営者とクリエイターをゲストスピーカーとして招き、「ビジネスとデザインのあいだ」にスポットを当て、参加者と共に語り合っていきます。 「ビジネスとデザインの溝が埋まると、きっと社会はもっと面白くなる」 その仮説と各ゲストの視点を元に、デザインの可能性を探っていく場です。 |