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なぜ靴卸業の老舗がモノづくりに挑んだのか? ─シューブランド「SOJI」に込めたデザインの力 ≪前編≫

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ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント「“besign”talk meeting(ビザイントークミーティング)」。7月4日に開催された第1回目のゲストは、宮城県仙台市に本社を置く靴卸業の老舗、株式会社ヒロセ代表取締役の菅井伸一氏です。

菅井氏は、今年4月にデザイン性かつ機能性に富むオリジナルシューブランド「SOJI(ソジ)」を発表。なぜ靴卸業の会社が「自社ブランド」を立ち上げたのか、なぜビジネスにデザインを取り入れたのか、どのように外部クリエイターを巻き込んでいったのか、その想いと挑戦に、株式会社それからデザイン代表の佐野が迫り、熱いトークが繰り広げられました。


トレンドアイテムの大量流通だけがファッションじゃない

佐野
みなさん、こんばんは。それからデザイン代表の佐野です。僕はこのトークイベントのアイデアが浮かんだ時から、第一回目は菅井社長をゲストに呼ぼうと思っていました。いいことばかりではなく、デザイナーにとって耳の痛いことも含めて色々とお話を伺っていければと思います。
菅井

こんばんは、株式会社ヒロセの菅井と申します。ヒロセは宮城県仙台市の会社で、私は4代目。1945年の戦後に創業しました。売り上げは33億円、従業員は現在65名で、靴の地方卸売業の中ではベスト5に入っています。

靴の卸売業は“薄利多売”の世界。ファストファッションのビジネスモデルが典型的ですが、大量に売れるトレンドアイテムを大量に作って流すというのが、私たちの業界の一般的な方法です。

私がヒロセに入社したのが1998年、先代から継いで社長に就任したのが2015年です。私たちのような卸売業は、いわゆるメーカーの代理店で、「販路をつくり、たくさん売る」ということが求められる役割です。そして、一定の販路ができて、これ以上の伸びしろがないと思われたら、バッサリと契約を打ち切られる、と知ったのがヒロセでの最初の体験でした。

佐野
拡販させるため“だけ”の役割だったということですよね。
菅井

はい。ファストファッションに代表される大量に物を作って売るというビジネスは、騙し合いの世界なんですよ。誰が一番早くブランド側の情報をキャッチして、工場を抑え、2〜3ヶ月というスパンで安く作り、売り捌くことが勝負になります。

我々のいる靴卸業もそのサイクルに巻き込まれがちの業界です。一回の回転を間違えてしまうと会社が倒産するほどのリスクもあります。大量消費に依存したビジネスでは、よほどの体力がないとできないですし、そもそも業界としてどうなんだろうという疑問もありました。ですので、アンチテーゼ的に“物を捨てない、愛着を持って長く大切にできる靴ブランドを作ったらどうだろう?”という想いで、「SOJI」を立ち上げたんです。

東北のクリエイターを口説き落としたのは“想い”と“共感”

佐野
SOJIのプロジェクトには、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナーをはじめ、東北を拠点に活動しているクリエイターが関わっていますよね。どのようにしてクリエイターと出会ってチームを結成していったのですか?
菅井

プロジェクトを立ち上げるとき、誰かの力を頼らないといけないけど、それにかかる金額もやり方もわからない…という状態でした。仙台の会社である私たちがやるモノづくりなら、あとからクスっと気づいてくれる東北感みたいなものがあった方がいいと思っていたので、東北に由来する文化や色の名前、コンセプトなど基本形を、私がまず作り、計画書にまとめていきました。

それを、以前から知っていた関美織さんという、東北のデザイナーに精通している人に見てもらって、まず関さんを口説き落とし(笑)、メンバーに入ってもらうことになりました。次に関さんが推薦するクリエイターと一人ひとり会ってメンバーに入ってもらいました。

佐野
関さんは、僕と菅井さんの出会いの原点にもなった、共通の知人の方ですよね。
菅井
僕ははじめから、「この靴を履きたいと思う人」と一緒に仕事をしたいと思っていましたので、僕と同年代のクリエイターにお願いすると決めていました。“同じ志を持てる人かどうか”、“感覚が同じか”を確認して一人一人と会い、結果、東北のデザインチームができたという感じです。

「長く履いても疲れにくい」機能性へのこだわり

佐野
クリエイターチームも、おそらく「靴のブランドをつくる」という仕事ははじめてのことだったと推察します。SOJIは、とても個性的なビジュアルが注目されている理由のひとつになっていると思いますが、SOJIのプロダクトデザインはどのようなフローを経て決定されたのでしょうか?
菅井
私自身は靴をつくる技術も習得してきた経歴があるので、キーコンセプトも含めた大枠の仕様書は最初から作っていました。しかし、靴というものである以上、「機能性」がとても重要だと思っていました。なんとなくいい靴ではなく、裏打ちされた機能性が欲しかった。そうなると、どこかの大学の先生と共同開発をしないとダメだと思ったんです。そこで、名だたる靴ブランドの監修をされている教授が東北大学にいらっしゃるとわかり、こちらも口説き落として関わってくださることになりました。

デザインは機能性と意匠性の攻防戦

佐野
そうでしたね、東北大学の産学連携事業に採択されたんですよね。
菅井
ここまでは良かったんです。ところが、教授の研究されているエビデンスをプロダクトに取り入れると今度はデザインが全然ダメでした…。クリエイターチームも「これ、本当につくるんですか?」という感じで。エビデンス通りにつくると、とにかく見た目がカッコよくない。でも理屈上はこれなので、機能性を担保できる範囲を考慮しながら、デザインをどこまで磨き上げられるか、両者の着地点を探していきました。
佐野
なるほど。機能性と意匠性のせめぎ合いですね。機能性は具体的には何を目指していたんですか?
菅井
機能は「歩行安定性」、「転倒防止性」です。ファストファッションの靴は安く仕上げるために機能性は無視ですから(笑)。1万円までの靴はエビデンスを重視しているものが非常に少ないです。僕、それは嫌だったんですよね。長時間履いても疲れにくく、長く愛されるものをしっかりと作りたいと思いました。
佐野
完成したお披露目会として、SOJIのプレス発表会をここTURN harajukuで行っていただきました。僕も産みの苦しみを傍らで見てきましたので、苦労しながらもSOJIが完成し、販売までこぎつけられた時は我が事のように嬉しかったです。
菅井
おかげさまで、プレス発表会でも皆さんに試着をして頂き、細かく修正に反映させて…というテストを何度も繰り返して今年4月に発売開始ができました。

後編に続く


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菅井 伸一(すがい・しんいち)
株式会社ヒロセ 代表取締役社長

1945年創業の靴卸会社「株式会社ヒロセ」の代表取締役。1998年入社、2015年に代表就任。総務経験を活かし社外監査役、新規事業展開のために靴職人としても現在修業中。「東北大学地域イノベーションプロデューサー塾」2015年3月卒塾(二期生)。

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佐野 彰彦(さの・あきひこ)
株式会社それからデザイン代表 クリエイティブディレクター/ブランドデザイナー

企業・事業・商品・サービス等のブランドをつくるデザイナー。ブランドコンセプト、ネーミング、ライティングのコピーワークから、CI/VI、ウェブ、グラフィック等のアートワークまで一貫したプロデュースを手掛け、クリエイティブの活動領域は広い。主著に「経営者のためのウェブブランディングの教科書」がある。 2015、2016年グッドデザイン賞受賞。


次回の“besign” talk meeting(ビザイントークミーティング)

第2回 ブランディングのためのデザインチームのつくり方 ─企業とデザイナーの組み合わせのコツ
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“besign” talk meeting (ビザイントークミーティング)とは?

ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント。 “besign”とは、businessの「b」、design の「d」を入れ替えて作った造語です。隔月交互に経営者とクリエイターをゲストスピーカーとして招き、「ビジネスとデザインのあいだ」にスポットを当て、参加者と共に語り合っていきます。 「ビジネスとデザインの溝が埋まると、きっと社会はもっと面白くなる」 その仮説と各ゲストの視点を元に、デザインの可能性を探っていく場です。

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