ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント「“besign”talk meeting(ビザイントークミーティング)」。2018年8月24日に開催された第2回目のゲストは、企業とクリエイターのコーディネートおよびプロジェクトマネジメントを手がけるoffice ayumitoiro代表の関 美織(せき・みおり)さんです。どのようにして企業とクリエイターをコーディネートし最適なブランディングチームを作り上げていくのか、その過程や関さんが大切にしている想いについて、株式会社それからデザイン代表の佐野が聞き手をつとめ、成功するチームづくりの秘訣を探りました。
前編はこちら【CASE-2】
惹き込まれた「モノ」から始まるブランディング
- 佐野
- 続いてもうひとつ、プロダクトのブランディング事例をご紹介していただけるとのことで。どのような事例でしょうか?
- 関
- はい。こちらも東北にある会社で、創業70年の器の卸業を営む、株式会社瀬戸屋さんです。今はニトリさんなどに代表される家具量販店等も食器の分野に参入していることも影響して、食器メーカーのブランド力にも陰りがあるのが現状です。それに伴い、食器卸の将来性も不安視されています。そんな時にとても良いものができたと、日本酒専用の平盃(ひらさかずき)を見せてくれまして、これをどう販売したら良いでしょう?というのが最初の相談でした。
- 佐野
- SOJIのようにコンセプトメイキングからというよりは、最初からモノは完成していて、それをどう売ったらいいか、というプロモーションのレイヤーで相談をうけたということでしょうか?
- 関
- そうなんです。最初に実物を見せていただいた時、「なんて上品で綺麗な白い盃なんだろう」と思いました。宮城県が産地で、書道のすずりとして使われる漆黒の雄勝石(おがついし)があるのですが、これを焼くと黒ではなく新雪のような白になるんです。新しい伝統産業の新芽になると思い、お仕事を請けることにしました。
ビジネスの階層とネーミングを整理する
- 佐野
- まず「モノ」として純粋にいいと感じたということですね。そこからどのようにプロジェクトをスタートさせたのでしょうか?
- 関
-
ビジネスとデザインの「ビジネス側」で見ると、新商品となるこのプロダクトが、会社の社運をかけたものなのか、ただテスト的に作ったものなのかで、その商品にかける予算規模、決済ルートや期待値は全然違ってきますよね。
今回は、素敵な盃ができたのはいいことだけれども、今後それをどうしていくのかを探るため、商品のネーミングを検討するというところから、ヒアリングを重ねていきました。そうすると、ただ盃を売りたいという話だけではなく、もっと上位の「日本酒を飲む文化を伝えたい」、「食を豊かにする器とは何かをゼロベースから考えたい」、「東北の伝統窯を守っていきたい」という大きな想いが、背景にあることに気づきました。
- 佐野
- 単体の商品として盃をブランディングするということではなく、事業ごと見直すということですか?
- 関
- そうなんです。盃のほかにも、箸やお弁当箱など、伝統的な流れを汲む東北の「技」を軸として商品展開していくというので、それならば、盃の商品ネーミングより、自分たちの想いや活動が伝わる事業名、ブランド名を付けましょうという話をしていきました。
- 佐野
- 最初は商品ありきでプロモーションの話から入ったけど、階層を上げて、事業のレイヤー構造を整理していくという作業ですよね。
プロジェクトのゴールは担当者の育成まで
多岐にわたるクリエイター側の役割
- 関
- ヒロセさんの場合は最初からこの構造ができていて、何をつくるかというモノの部分が空欄だった。でも、瀬戸屋さんは逆で、良いモノができたけど、それはなぜできたのか、誰にどう使ってほしいのか、ということを言語化するのが私の役割でした。
- 佐野
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戦略的な事業構想を得意とする企業ばかりでは当然ないわけで、やりたいことが1枚の絵にできていない、外部パートナーに対する最初のオリエンが上手にできないケースってよくあると思います。では、企業側のオリエンが不十分なときに、デザイナー側がうまくヒアリングして根っこにある本質的な課題を引き出せるかというと、それができるデザイナーは現実にはまだ少ないと思います。だから、接着してくれる関さんのような人が重宝されるのだと、想像ができますね。
このプロジェクトは、企業側の担当者は社長になるのですか?
- 関
- プロジェクトの直接担当者は金野知哉さん。社長の三男にあたる経営層の方で、この盃シリーズの販売責任者です。私は、製造から納品、販売までの一通りのビジネスの流れを指導していく役割も持っていて、私の手が離れるときがこのプロジェクトのゴールになると思っています。
- 佐野
- クリエイターチームの人選はどういう視点で進められたのですか?
- 関
- まず、リーダーとなる金野さんはまだ30代前半の方ということで、彼がブランドマネージャーとして成長されることをとても大事にしたいと思っています。なので、彼がコミュニケーションを取りやすい方かどうかという視点と、これから長く続くプロジェクトなので、仙台を拠点に地に足がついている人かどうかを重視して今回は選びましたね。
【CASE-3】
価値を変えたい…社長の想いに寄り添うブランディング
- 佐野
- 最後にもうひとつ、株式会社ビルワークホールディングスというビルメンテナンス・清掃会社のコーポレートブランディングの事例を紹介していただければと思います。このプロジェクトは、実は僕と関さんが一緒に手がけていて、いわゆる商品ではなく、企業全体のブランディングになりますね。
- 関
- はい、ビルワークさんは仙台が本社で、創業者の方がひとり大阪からモップと雑巾を片手に仙台の繁華街の清掃から始めたという、たたき上げで成長されてきた企業です。近年、順調にアジアへ進出もされ拡大路線を続けています。今年8月1日にホールディングス化するとのことで、コーポレートブランディングの必要性を感じられていて、プロジェクトに関わることになりました。
- 佐野
- この業界では珍しくデザインに対して意識の高い企業で、すごく勢いがあり拡大していますよね。今回、僕自身はクリエイティブディレクターとアートディレクターを兼務するポジションで入り、デザインワークは東北のグラフィックデザイン会社とコラボレーションする形で、関わらせていただいています。
- 関
- ビルワークは仙台に本社がありますが、抱えている顧客は東京が中心で、海外展開も含めた拡大路線を続けるなら、ちょっと背伸びをしても数年後にはこれで良かったと思えるようなブランディングチームを最初から編成したいと考えました。東北のメンバーには拘らず、ぜひ佐野さんにとお願いをしました。
清掃をバカにしてきた歴史をひっくり返す
- 佐野
- 8月1日にホールディング化、新サイトの公開が決まっていたので、3月中旬からかなり濃密な打ち合わせを重ね、コンセプト決めをすすめていきましたよね。
- 関
- ビルワークさんは、“清掃の仕事って、どこか恥ずかしくて外に言えない気持ちがある・・・”というのが最初にあったんですよ。事務方の人材派遣業と、ビルメンテナンス事業の自分たちにはお金の流れでも雲泥の差があることに不満もある。スタッフに高い給料を上げるためには、自分たちがブランド価値を上げなければ、ずっと安いお金で底辺の人たちがやる仕事だという意識を変えられない、と。
- 佐野
- そう。その想いを私たちクリエイター側がキャッチできたのが大きかったですね。「清掃をバカにしてきた歴史をひっくり返す」、これがビルワークの大義だ、と途中でチーム内のスローガンのような言葉をつくりました。これで、皆の気持ちが一つになったことが大きなターニングポイントになりましたよね。
- 関
- このプロジェクトでは、まず周辺業界も含めた委託事業のポジショニングマップを作成して、自社の立ち位置を確認することをやりました。そうすると、社長はいつも人材派遣会社との違いを強く口にしていたんですよね。派遣会社は一人一人のスペックの高さに対して紹介料を乗せていて、ビジネスとしてわかりやすくお金をつけられる表舞台にいる。でも、清掃やビルメンテナンスというのは人材派遣ではなく業務委託で、命を支える医療現場、ボイラー室の安全管理を支える裏舞台。大きな責任を請け負っているけど、利益を生み出さない部門だと思われていて、安い人件費が常識になっている世界なんです。でも、日頃何も問題ない状況を安定的に運行するのは、実はものすごいことじゃないですか。それなら、下剋上を起こすくらいの気持ちで自分たちの価値転換をしていこうと。
清掃は“ようこそをつくる仕事”である
デザインキーワードは表裏一体
- 佐野
- 幾度の議論を重ね、最終的に完成したのが、「comewell(カムウェル)」というブランドコンセプトと、ロゴマーク、線対称の鏡張りを軸にアートワークを統一したキービジュアルです。
- 佐野
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ビルワークの価値を掴むために、現場でどんな人がどんな仕事をしているかを見学させてほしいとお願いしました。ビルワークが業務を請けている大きな病院や公共機関、オフィスビルに足を運びましたが、イメージしていたよりもずっと広範囲の仕事をされていた。いわゆる清掃だけではなく、安全管理、施設運営全般に関連する業務を、包括的に請けていて、一般的に清掃やビルメンテナンスという言葉からイメージされることよりもスケールが大きい業務だと感じました。だから、いわゆる「清掃屋さんの会社」というのは実態よりも小さく見えてしまう、と。ビル清掃を超えた仕事のスケールと奥深さがあると感じたんですよ。
加えて、この仕事の何が一番嬉しいかをスタッフにインタビューしたら、清掃の仕事自体を褒められることよりも、「その場に訪れた人が心地よく感じた」とか「結果的にリピートで宿泊者が増えた」ということが嬉しい、という話がポロポロと出てきた。
そこで、清掃でビルをきれいにするというレイヤーで表現するのではなく、“ようこそをつくる仕事”、“表を裏から支える”、“表裏一体”がデザインキーワードとして出てきました。
そこで、welcomeを反対にひっくり返した造語で、「comewell – 世界中のウェルカムを支える」というコンセプトを提案したんです。
- 関
- ビルワークは現場主義の会社で、経営層も現場スタッフもとても真面目なんですよ。その人柄や社風も個性であり価値であり、そこにも光を丁寧に当てることが価値転換につながると思ったので、「世界中のウェルカムを支える」という文字は、社長に直筆で書いてもらったものを使いました。何回も書き直してくれましたよね。
- 佐野
- このプロジェクトはまだまだ続いていて、清掃やビルメンテナンスの業務だけでなく、企業への経営改善の提案作りも始めています。これからもっと面白くなると思いますし、日本を代表するビルメンテナンス会社になると思っていますので、これからも注目してもらえたら嬉しいです。
良いデザインとは、良い“予感をさせるもの”
- 佐野
- 最後に、毎回恒例のこの言葉で締めたいと思います。関さんにとって“良いデザイン”とはなんですか?
- 関
- 「予感させるもの」かな、と思っています。プロジェクトがローンチする時は答えが出ていなくても、10年後に見たら「やっぱりこれでよかった!」という言葉につながるもの。お金を払う時って、何かを買いたいと決まっていてレジに並びますよね。私は良い意味でお金が回って、地域に雇用が生まれて幸せにつながる、本当の経済に寄与したいと思っています。その意味でデザインの役割は、お金につながる予感を感じさせるものだと思います。またそんな予感をさせる人であり、予感させるチームであり、あるいは地域など、この人たちとだったら良いものができると思う方が先で、制作物のディテールは、私にとってはもしかしたらその後のことなのかもしれません。
- 佐野
- 良い言葉ですね。本日はありがとうございました。
関 美織(せき・みおり) 宮城県仙台市生まれ。東北大学卒業後、心理学をベースに大手教育出版企業・エリアマーケティング部やコンビニエンスストア本部のスイーツ開発部を経験。 都内でフードコーディネーターを取得後、仙台へUターン。【食×マーケティング】を基軸にキャリアを積み、2008年仙台にて独立。 以降、仙台を拠点に地域企業の企画立案や商品リニューアルに関わり、デザインやブランディングのアドバイス活動を行う。 2012年度から仙台市経済局委託事業「とうほくあきんどでざいん塾」コーディネーターを5期務め、東北全域の被災企業とデザイナーをマッチングし、伴走支援を行ってきた。 *2014年度:仙台市起業支援センター『アシ☆スタ』ビジネス開発ディレクター |
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佐野 彰彦(さの・あきひこ) 明治大学理工学部数学科卒。株式会社それからデザイン代表。 主な著書に「経営者のためのウェブブランディングの教科書」「ウェブ担当者1年目の教科書」(共に幻冬舎)がある。 2015、2016年グッドデザイン賞受賞。 |
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“besign” talk meeting (ビザイントークミーティング)とは? ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント。 “besign”とは、businessの「b」、design の「d」を入れ替えて作った造語です。隔月交互に経営者とクリエイターをゲストスピーカーとして招き、「ビジネスとデザインのあいだ」にスポットを当て、参加者と共に語り合っていきます。 「ビジネスとデザインの溝が埋まると、きっと社会はもっと面白くなる」 その仮説と各ゲストの視点を元に、デザインの可能性を探っていく場です。 |