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防災をデザインする ─社会的意義を啓発するビジネスとデザインの在り方 ≪前編≫

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ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント「“besign’talk meeting(ビザイントークミーティング)」。2018年9月21日に開催された第3回のゲストは、コクヨ株式会社 防災ソリューション事業部企画グループリーダー酒井希望氏と、同社クリエイティブディレクターの岡田量太郎氏です。 オフィス防災の研究と開発の分野でパイオニア的存在となっている同社は、はたらく場所にフィットする防災用品「PARTS-FIT」のパッケージデザインで、世界的に権威のあるPentawards Silverを受賞。さらに、グッドデザイン賞2018のベスト100にも選出されました。同社の外部パートナーとして、コクヨ防災事業のコンセプト開発やデザインに携わっている株式会社それからデザイン代表の佐野が聞き手をつとめ、“命とデザイン”とも言える社会的意義を啓発するビジネスとデザインの在り方について語りました。


オフィス家具メーカーが防災事業に参画した理由

佐野
今回は、僕が実際に関わった事例になるのですが、コクヨの防災ソリューションの中心人物である岡田さんと酒井さんをゲストにお迎えしました。コクヨというと、オフィス家具、文房具の大手メーカーというイメージがありますが、防災事業も手がけられていますよね。まずはお二人が所属されている防災ソリューション事業部について教えてください。
岡田
はい。ご紹介いただいた通り、コクヨは家具や文具など、はたらくに関わるものをつくる会社です。防災事業もその一つとして、10年ほど前にスタートしました。オフィスづくりをお手伝いしていたお客様から、「防災についても何かできないか」という要望をいただいたことがはじまりです。当時から、そして最近まで、防災業界はアウトドア用品や建築資機材等から災害時に使えるものをピックアップし、防災用品として販売するというビジネスでした。3年前、私と酒井はそこに疑問を持ち、もっと違う形があるのではと模索を始めました。コクヨというリソースを使えば、もっと新しいことができるんじゃないかと考えたのです。 それが今日お話しする、防災事業“ソナエル”です。

はたらくによりそう防災のかたち“ソナエル”

佐野
この防災事業を“ソナエル”と呼んでいますが、“ソナエル”という事業ブランドネームが出来た経緯について聞かせてもらってもいいですか?
酒井
今ではブランドネームとなっていますが、もともとは事業を立ち上げたときから使っているコクヨの防災用品のカタログの名前でした。コクヨは販売代理店を通して企業の担当者へ防災用品を提案しているのですが、その際にこれから私たちが啓発していくオフィス防災の在り方が伝わるような名前を付けたいと考えました。
酒井
佐野さんに、僕たちの外部パートナーとしてプロジェクトに参画してもらった時、例えば、「”ソナエル”はただのカタログの名前でしかないから壊しても良い」とお話ししましたが、結局、進めていくと”ソナエル”の言葉に全てが込められていると改めて感じました。言葉は変わっていませんが、社内での扱い方や位置づけは、去年大きく変わりましたね。
佐野
僕は2016年から、このコクヨの防災事業のコンセプトづくりに関わらせていただきましたが、まずはコクヨのビジネスモデルを知るところから始めました。防災の中でも、オフィス防災という新しい市場開拓も含むプロジェクトであること、現状のオフィス防災の課題整理、コクヨがこれから何をしようとしているのかなど幾度のディスカッションを重ねてきて、コンセプトは“はたらくにより そう防災のかたち”となりました。仰る通り“ソナエル”という言葉には自分たちのフィロソフィーが 詰まっているという気づきがありましたよね。

防災に求められるデザインとは

佐野
そのコンセプトを体現していて、コクヨのオフィス防災の知見が凝縮された、“PARTS-FIT(パーツフィット)”というプロダクトがありますが、これは素晴らしいモノだと思います。
岡田
防災用品と聞くと、避難所を想像しがちですが、あれをそのままオフィスに持ってこようとすると、やはり無理があり、防災用品の置き場所に困り、知らない間に隅へ追いやられてしまい、結局、使えないということも、よく聞く話です。そもそも“オフィス防災”とはまず何なのか?“PARTS-FIT”は、まずそこのストーリーから組み立てる必要がありました。オフィスでは有事・平時に何が起こり、どういったシーンが発生し、そこではどんな防災用品が必要で、また日常的にそれをどう維持していけば良いのかを考える。そこから始めました。
佐野
なるほど。そうした背景がある中、PARTS-FITはどのように開発されたのでしょうか?
岡田
具体的なプロダクトの話になりますが、PARTS-FITのポイントは2つあります。一つはオフィスの空間に馴染むこと。これはオフィス家具にぴったり納まるモジュールの開発で実現しました。と、言うのもオフィス家具はそもそも寸法が決まっています。例えばキャビネット類ですが、中に入れる紙のサイズが決まっているので、自然と同じ寸法となっています。まずは、これを基準としました。
岡田
もう一つはグラフィックです。今までの防災用品は、乱雑に倉庫にしまわれており、担当者自身よくわからなくなっている。でも、本来は“災害という混乱時”に誰でも使えるものであるべきですよね? PARTS-FITは外国人の方も、老若男女誰でもすぐにわかるように、中身や使い方をイラストで描いて情報を整理し、文字サイズを工夫することで、伝わるべきタイミングで伝わるべき人に伝わるそんなデザインをしています。
佐野
これが、世界的なパッケージデザインのコンテスト「Pentawards」で受賞につながりました。
岡田
はい、ありがとうございます。

命とデザインを考える

佐野
このPARTS-FITに関しては、僕が関わらせていただいたのはロゴデザインなのですが、パッケージデザインは岡田さんがすでに基本設計をつくられていましたね。パッケージはいわゆる商品の化粧箱というだけでない、防災用品として求められる機能自体ともリンクしている点が素晴らしいと思います。また面に印字されているグラフィックにも丁寧な設計されているのは注目すべきポイントです。例えば、この“水”という文字の大きさにも繊細な設計がされていますよね。
岡田

もう少し詳しくお話しすると、視力検査の“C”のマークをイメージしていただくとわかりますが、人間は、視力と距離の関係で読める文字のサイズが決まります。PARTS-FITのグラフィックですが、距離によって得られる情報が整理されています。例えば上段のアイコンは視力1.0の人が、2~3メートル離れたところから見えるような大きさに設計されています。防災用品を探す時に、どこにあるかがわかるわけです。“水はどこだ?あれだ!”と、わかるのがアイコンの役割ですね。

次に中段の文字は、1~1.5メートルぐらいで、キャビネットの前に立ち、手を伸ばそうとするシーンにおいて、水とわかるようにできています。 最後に、下段の小さな文字は、手に取った時に物の詳細や、管理情報が確認できるサイズに設計しています。ここでのデザインのポイントは、平時にノイズの少ないグラフィック。人は日常的に不必要に細かな情報が目に入ると、それをうっとうしく感じてしまいます。ぼんやりそれが何かわかり今自分に必要ないことがわかれば、人の脳はそれ以上それを何かと追いません。見えるのは、必要な情報だけでいい。

佐野
デザインの価値を考えさせられる大事な話で、意匠にとどまらない、機能としてのデザインなんですよね。 PARTS-FITを使う瞬間は、究極の場面で、もしかしたら開けないままかもしれない。でも開けることになった時、つまり有事の時、デザインに何を求められるのかということ。ビジネスとデザインというよりは、命とデザインがテーマとなっているのが防災のデザインというわけです。
佐野
グラフィックやパッケージのデザインを手掛けている人にとっては、PARTS-FITは学ぶべき点が多いはずです。ロッカーに収まるようなサイズ感の設計も見事ですし。箱の長さを12で割ってい て、2/12、4/12、6/12というように箱のサイズが異なっても、デザインの基本設計は崩していない。ウェブデザインで言うところのレスポンシブデザインのようになっているわけですよね。とっても気持ちいいし、見事だなと思います。さすが「Pentawards」を受賞されるのも納得です(笑)。

ずっと続ける、少し先の防災を考える

佐野
“はたらくによりそう防災のかたち”のコンセプトには、ボディーコピーがあります。このコンセプトとボディーコピーが生まれた背景には、“カタツムリモデル”がありましたよね。
酒井
オフィス防災の多くは、導入することが目的になっています。だから時間と共に忘れ去られ、災害の度に慌ててまた導入するということの繰り返しになっています。でもそうではなくて、本来はずっと続けていくべきですよね。グルグルと回るように防災を継続させるためには、表面的にモノだけをつくっていても難しい。お客様に伝わるメッセージや、営業マンが商談で語る内容、それに必要なサービスやツールも含めて、基本から再設計しました。
佐野
ここが防災にとっての大事なポイントだと僕自身も学びました。たとえば食品には消費期限がありますし、入れたから終わりではないはずです。一年目、二年目と何をするべきか、ずっと続ける ビジネスモデルを成立させたからこその防災事業であって、いわゆる“防災を継続する”という必要性が理解されていないところにモデルごと売りに行くみたいなところもありますから。ニーズ喚起というか、理解を促進していく活動も必要で、そのあたりが難しいところでもあり、面白いところだなと思いました。

後編に続く

編集/それからデザイン ライティング協力/大関勇気


酒井 希望(さかい・のぞむ)

酒井 希望(さかい・のぞむ)
コクヨ株式会社 防災ソリューション事業部
2006年入社 企画グループリーダー/プロデューサー

オフィス防災を「当たり前のこと」として世に根付かせるため、持続性のある「ビジネス」としての形を模索している。ミッションは会社の枠にとらわれない、防災エコシステムの構築。また、ビルや大型商業施設の防災コンサルタントとしても活躍。

岡田 量太郎(おかだ・りょうたろう)

岡田 量太郎(おかだ・りょうたろう)
コクヨ株式会社 防災ソリューション事業部
2014年中途入社 クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー

防災事業のブランド「ソナエル」の世界観を確立することがミッション。ストーリー設計などカタチのないものから、プロダクトや、プロモーション(カタログ・WEB)など、具体的なカタチまで、幅広くデザインを行う。

佐野 彰彦(さの・あきひこ)

佐野 彰彦(さの・あきひこ)
株式会社それからデザイン代表 クリエイティブディレクター/ブランドデザイナー

明治大学理工学部数学科卒。株式会社それからデザイン代表。
企業・事業・商品・サービス等のブランドをつくるデザイナー。ブランド戦略から、デザインワークまでを一貫してプロデュースするコンサルティング型のデザイナーとして活動している。ウェブデザイナーとしてキャリアをスタートさせた後、現在は、ブランドコンセプト、ネーミング、ライティングのコピーワークから、CI/VI、ウェブ、グラフィック等のアートワークまで手掛け、クリエイティブの活動領域は広い。10年間で250以上のウェブサイトを制作してきた経験から、「ブランディングの最重要ツールはウェブサイトである」という考えに至り、ウェブコンテンツの企画メソッド「3S6G法」を考案。ウェブサイトを軸に展開するブランディング手法を「ウェブブランディング」と名付け、この分野のパイオニアとして、全国の経営者からオファーが多数寄せられている。

主な著書に「経営者のためのウェブブランディングの教科書」「ウェブ担当者1年目の教科書」(共に幻冬舎)がある。 2015、2016年グッドデザイン賞受賞。

ソナエル

コクヨの防災事業「ソナエル」について

「はたらくによりそう防災のかたち」を実現する、オフィス防災の提案。その取り組みは、デザイン面でも評価が高く、これまでに、グッドデザイン賞BEST100選出をはじめ、Pentawards、全国カタログ展、日本BtoB広告賞など受賞。


次回の“besign” talk meeting(ビザイントークミーティング)

第4回 ブランディングにおけるデザインとPRの関わり方 ─フィギュアスケート用ブレード「KOZUKA BLADES」のブランド開発事例 #バックナンバー(過去のイベントレポート)はこちら
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“besign” talk meeting (ビザイントークミーティング)とは?

ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント。 “besign”とは、businessの「b」、design の「d」を入れ替えて作った造語です。隔月交互に経営者とクリエイターをゲストスピーカーとして招き、「ビジネスとデザインのあいだ」にスポットを当て、参加者と共に語り合っていきます。 「ビジネスとデザインの溝が埋まると、きっと社会はもっと面白くなる」 その仮説と各ゲストの視点を元に、デザインの可能性を探っていく場です。

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