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ブランディングにおけるデザインとPRの関わり方 ─フィギュアスケート用ブレード「KOZUKA BLADES」のブランド開発事例 ≪後編≫

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ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント「“besign”talk meeting(ビザイントークミーティング)」。2018年10月30日に開催された第4回は、株式会社響組代表/PRプランナーの大島理香氏と、サブゲストとして株式会社FROM DESIGN 代表/デザイナーの伏見貴志氏にお越しいただきました。お二人がタッグを組んで取り組まれたのは、フィギュアスケート用ブレード「KOZUKA BLADES」のブランド開発です。元フィギュアスケート選手である小塚崇彦さんが愛知県の企業と共同で開発したもので、その開発期間は6年余。スケート業界に一石を投じることとなった小塚さんが感じていた課題とは。そして、スケートへの深い想いと情熱を受け取ったPRとデザイナーが、どのようにしてブランドを形作り、その想いを届けていったのか。株式会社それからデザイン代表の佐野が聞き手をつとめ、PRとブランディングの理想的な関わり方について探求しました。

前編はこちら

想いを形にするデザイナーの役割

佐野
ロゴやキービジュアルなどのデザインは、すんなりと決定していったのでしょうか?
伏見

いえ、実は紆余曲折ありました。はじめに相談を受けたのが2017年の年末頃で、年明けになんらかの発表をしたいので早急にデザイン案が欲しいという要望がありました。

今思えば大きな失敗だったんですが、小塚さんも忙しく、最初にもらった例の熱い想いが込められていた企画書以外の情報がなかったので、それを頼りに「日本初のブレード」等の内容と、山一ハガネさんの職人の工場という雑把なイメージから、和テイストなデザインを提案したんです。すると、小塚さんから“これは違います”と厳しく指摘され、結局コンセプトから練り直すことになりました。

佐野
十分な情報がないままにデザインを急ぐと、よく起こってしまうパターンですね。
伏見
はい、それで年明けのリリースを見送り、4月の記者会見までに、もっと時間をかけて、練っていきましょうと大島さんが調整してくれました。それから山一ハガネさんの工場にも行って現場を見てお話をお伺いしてみると、自分が抱いていたイメージと全く違ったんですよ。工場には職人さんはいるけど高度に管理された数字の世界でした。何ミクロン(1ミリメートルの1000分の1)とか、人間の目ではわからないぐらいの精密度があって、KOZUKA BLADESも99%以上で同じものが製造できるということでした。
伏見
そこで僕が気づいたのは、ブレードの課題や、新しいブレードをつくるきっかけ、何故こんな問題が業界で起こっているのかを、まず伝えなくてはいけないんだと。その使命感を自分に課せました。曲がるかもしれないブレードに体を合わせるのがプロだという業界の風潮、それで怪我をしたりして志半ば競技を諦めてしまう選手がいる。その解決策としてブレードをつくったという事実と、そこに、繊細な小塚さんのスケーティングや話し方といったイメージ、キャラクターの要素、山一ハガネさんの高い技術力、KOZUKA BLADESという名前の認知を上げること、様々な視点からロゴのデザインへと落とし込んでいきました。
伏見
山一ハガネさんの精密な技術とロジカルな製造工程を表現すべきと考えて、“K”のロゴも細かいところまで調整を繰り返しました。最初のロゴは「K」の縦の線がもう1本左にあったんですが、小塚さんから“左の一本いらないですね”って言われました。KOZUKA BLADESは一本単位で買える製品なので二本ある必要がないと。小塚さんの思考回路の早さに流石だなと感心した瞬間でした。
佐野
ロゴは他の案もあったのですか?
伏見
もちろん着想する段階では様々なアイデアがありましたが、 クライアントに提案するときは、“最終的に僕が選んだのはこれです”とこの案を出しました。その案を磨き上げてゴールを目指していった形ですね。
佐野
このプロジェクトに限らずの話ですが、「複数案を見たい」というクライアントからの要望があった場合はどうするのでしょう?
伏見
僕のスタンスでもありますが、基本的には最良だと思う一案をプレゼンテーションするようにしています。まずはそれで勝負して、その上で他にもみたいということであれば、その意図を聞いてから、再度案を出すようにしています。
佐野

本来、ブランディングってそういうものですよね。まずコンセプトがしっかりとしているかどうかで、そこに軸が通っていれば、デザインは自ずと最適解が見えてくるはず、というのがブランディングにおける理に適ったデザインアプローチだと思います。

複数案出すことで議論が活性化するケースもありますが、単に並べてお好みを選びましょう、となるとコンセプトとの接着が弱まったり、ブランドオーナーの想いを薄めてしまうデザインになる危険がありますよね。

溢れる想いを集約したコンセプト─「ひとつ」

佐野
制作物としては、ロゴの他、PR関連の資料も手がけられているのでしょうか?
伏見

はい。記者会見は小塚さん自身が行うことが決まっていたので、その資料や販売店向けのパンフレットも用意しました。コミュニケーションツールの制作過程で、KOZUKA BLADESのブランドを表すキーワードが必要だと大島さんとも話していて、それで出てきたのが “ひとつ”という言葉です。

・小塚さんのひとつの熱い思い
・山一ハガネの持つひとつの圧倒的技術
・ひとつの金属の塊から削り出すブレード

すべて、“ひとつ”というキーワードに集約しています。このキーワードを軸に、各制作物やPR資料の構成を決めていきました。

佐野
製品のコンセプトとグラフィックのコンセプトがリンクしていて、気持ち良いデザインですね。
大島
小塚はスケートに対する熱い思いに溢れているんですけど、そんなに情熱的なアウトプットをするタイプではないんですね。それが全て伝わりきらないと、もったいない。そこで、何かキーワードを与えてもらえれば、彼も話しやすいだろうと思っていましたので、“ひとつ”が伏見さんから出てきた時は、もうメンバー全員で拍手!という感じでした。
伏見
僕としては、初回のデザイン提案を失敗していて、そのときに小塚さんから“伏見さん、大丈夫ですか”と、すごく厳しい言葉を言われたところからスタートしているので、そこは奮起させられたっていうのもありましたね。

夢を目指して─表彰台はみんなKOZUKA BLADES

佐野
小塚さん、KOZUKA BLADESが、最終的に目指していることは何ですか?
大島

大前提として、これがバカ売れして大儲けしようと考えているわけではありません。選手が抱えている課題をみなさんに知ってもらいたいということ、選手たちをこのブレードで支えることで、少しでも選手生命を伸ばすことができたり、より一層ダイナミックな演技につなげることができたりする。そういうことに小塚はかなり思いを馳せています。

有り難いことに、発表後は多くの選手から使いたいという声をいただいていて、ジュニアで世界大会の表彰台に乗っている選手や、シニアの選手からも相談があります。トップ選手の中でも、使いたいけど今シーズンは他社とのスポンサー契約上ちょっと難しい…という話もあります。

佐野
なるほど。既存メーカーさんとの契約も関係するのですね。
大島
日本人って、気質的にずっと使い続けているものが良いという考え方の人が多くて、日本よりも海外の選手の方が、合理的で新しいものの採用に前向きな傾向があります。良いものなら使ってみたいと。そこからじわじわ広まるといいですね。全日本選手権で表彰台の選手がみんなKOZUKA BLADESだったら最高だね、とみんなで話しています。
佐野
夢がありますね。もちろん、ビジネスとしてある程度は軌道に乗らないと継続しないというのもありますが、それだけでは新しいチャレンジは続かない気がします。表彰台の選手がみんなKOZUKA BLADESを履いて話題になることが楽しみです。

こだわりたかった記者発表─ひとつの塊からできるBLADEの実演

佐野
PRの取り組みについては、どのようなことをされたのですか?
伏見
僕の方では記者会見と同時にウェブを公開しました。内容は製作物とほぼ同じで、“ひとつ”が、スケートの未来を変えることを中心に置きました。山一ハガネとの“ひとつ”の出会い、“ひとつ”の塊、99%の同一品質をつくる“ひとつ”の基準、最後に一番大事なところで“ひとつしかない”選手の体を守りたいという想いを伝えています。
大島
記者発表は、どうしても山一ハガネさんの精密な技術力を持つ世界観を感じてもらいたかったので、愛知県にある工場の会議室の一室でやらせてもらいました。最初に皆さんの前で“ひとつの塊”を削り出すところを見ていただいて、発表会を終えた後にどこまで削れているかを見に行くのですが、実はそんなに削れていない。この塊からブレードができるまで、すごく時間が掛かって大変なんだということを知って欲しかったんですよね。
佐野
PR効果の目標としていた数値などはあったのでしょうか?
大島
たとえば、メディアの数を呼ぶことをKPIにしていれば、都内のホテルの会議室を借りて大体的にやることも考えたかもしれませんが、私はどうしても数値よりこの価値を伝えたかった。山一ハガネさんの会議室には入れる人数に限りがあるので、業界の方、メディアの中でもフィギアスケート、スポーツの担当の方で、特に興味を持ってもらっている方を中心に絞りに絞って、最終的には16媒体26名の方にお越しいただきました。
佐野
メディアへのアプローチはどのような方法を取られたのでしょうか?プレスリリースは配信されたのですか?
大島

そうですね。プレスリリースは発表会の当日に配信しました。ただ、プレスリリースはウェブ上に上げておくアーカイブの役割と考えていて、小塚がこんなことをやっていると広く知ってもらえるきっかけになればと思っていました。

プレスリリースの内容は基本に忠実に、ひとつの金属の塊からという今回一番のポイントと、溶接して作ったのではない世界発のブレードというところを見出しでわかりやすく伝わるように打ち出しました。プレスリリースはよく「中2でもわかるように書きなさい」って言われるんですが、概要を説明するといった本当にシンプルで誰がみてもわかりやすいようにすることを心がけました。もちろん、モノの良さだけでなく、小塚の想いを届けることを大切にしました。

佐野
ここまで話を聞いていて、KOZUKA BLADESにはニュースになりそうなポイントがいくつもあると思います。まずは、小塚さんがスケート業界を変えたいという思い、実はトップのフィギュアスケート選手も抱えているという悩み、ひとつの塊から出来上がるモノの良さもそうですよね。もうひとつ、新しいチャレンジをしていく“アスリート×中小企業”の形も話題として面白いなと思いました。
大島
その通りで、大企業ではなく、地元の中小企業との取り組みという部分については、地元メディアからも高い関心を寄せていただきました。山一ハガネさんにスポットを当てたいというのもありましたし、狙いの一つでした。山一ハガネさんは、BtoBの会社で、もともと広報担当もいなくて、何を製造している企業なのかも伝わりづらい部分があります。山一ハガネの社長が、KOZUKA BLADESにコミットした大きな理由に社内の活性化があります。「自分たちには、世に出る優れた技術があって、それをサポートしているんだ」という誇りを社員に持ってもらいたい。メディアで取り上げられることで、山一ハガネの社員のご家族に対しても、「お父さんの会社がこういうことをやっているんだ」と知ってもらうきっかけになりました。

良いデザインとは

佐野
それでは最後、お二人に伺いたいと思います。“よいデザイン”とはなんでしょうか?
伏見
僕の会社は“フロムデザイン”と名付けています。“デザインから”という意味ですが、僕は山梨に住む母親に何度自分の仕事を説明しても全くわかってくれないんですよ(笑)でも、そんな何も知らない母や、デザインってよくわからないという人たちが、僕がつくったデザインで生活が良くなったり、便利だなと思ったり、そんなことを“こっそりと”感じてくれたら良いなと思っています。
佐野
“こっそりと感じるデザイン”、伏見さんらしいですね。
大島
私がデザイナーに求める視点でお話しすると、「並走感」だと思っています。“人の気持ちに寄り添うデザイン”ですかね。今回のデザインもそうなのですが、伏見さんは本当に寄り添ってくださったんですよ。デザイナーによっては、自分なりのこだわりがあって、もちろん伏見さんもそういう気持ちもあると思いますが、小塚崇彦がずっと抱えていた想いや伝えたいことに、きちんと寄り添ってくれました。PRへの寄り添い方も素晴らしくて、本来なら私の方から、“これお願いします”って依頼すべきものが、先に想像して “あった方がいいよね”って出してくれたりします。そういう並走感というか寄り添い方が素敵ですよね。
佐野
そうですね。チームでつくり上げていく過程にとても共感しましたし、PRプランナーとデザイナーの組み合わせによってできるブランドの立ち上げ方という点においても、非常に参考になることが多くありました。大島さん、伏見さん、素晴らしいお話をありがとうございました。

編集/それからデザイン ライティング協力/大関勇気


大島 理香(おおしま・りか)

大島 理香(おおしま・りか)
株式会社響組 代表/PRプランナー

神奈川県平塚市生まれ。国立音楽大学音楽学部声楽学科卒業。 大学在学中、同級生と着メロの企画・制作をするベンチャー企業の立ち上げに参画。 モバイルコンテンツサイトを運営する子会社の社長を務め、退任後、上場企業の広報担当に。 情報発信は、手段だけでなく背景やストーリーが重要であることに気づき、幅広いメディアの需要を理解しながらリレーションを構築することで、TV・雑誌等多数の媒体に掲載実績をつくる。 その後、社内報や社内イベントを中心としたインターナルコミュニケーションを企画・実施し、組織活性化やコーポレートブランディングに寄与する広報活動を事業化。 2015年、独立。広報は経営に不可欠な活動という考えのもと、多様な業種のコーポレートやプロダクト広報に携わりアドバイスを行いつつ、昨年からは、フィギュアスケーターで義弟でもある小塚崇彦のマネジメントをスタート。スケート教室・イベント出演・メディア露出等、幅広い活躍をサポートしている。

伏見 貴志(ふしみ・たかし)

伏見 貴志(ふしみ・たかし)
株式会社 FROM DESIGN 代表/デザイナー

山梨県大月市生まれ。20代で得たエンタメ系ウェブサイト等の制作経験を活かし、企業を始めとするブランディングデザインを主な領域として独立。現在は事業の立ち上げ等、初期段階にデザイン“から“できることを重視した活動を行っている。

佐野 彰彦(さの・あきひこ)

佐野 彰彦(さの・あきひこ)
株式会社それからデザイン代表 クリエイティブディレクター/ブランドデザイナー

明治大学理工学部数学科卒。株式会社それからデザイン代表。
企業・事業・商品・サービス等のブランドをつくるデザイナー。ブランド戦略から、デザインワークまでを一貫してプロデュースするコンサルティング型のデザイナーとして活動している。ウェブデザイナーとしてキャリアをスタートさせた後、現在は、ブランドコンセプト、ネーミング、ライティングのコピーワークから、CI/VI、ウェブ、グラフィック等のアートワークまで手掛け、クリエイティブの活動領域は広い。10年間で250以上のウェブサイトを制作してきた経験から、「ブランディングの最重要ツールはウェブサイトである」という考えに至り、ウェブコンテンツの企画メソッド「3S6G法」を考案。ウェブサイトを軸に展開するブランディング手法を「ウェブブランディング」と名付け、この分野のパイオニアとして、全国の経営者からオファーが多数寄せられている。

主な著書に「経営者のためのウェブブランディングの教科書」「ウェブ担当者1年目の教科書」(共に幻冬舎)がある。 2015、2016年グッドデザイン賞受賞。


次回の“besign” talk meeting(ビザイントークミーティング)

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“besign” talk meeting (ビザイントークミーティング)とは?

ビジネスとデザインの関わりを学ぶトークイベント。 “besign”とは、businessの「b」、design の「d」を入れ替えて作った造語です。隔月交互に経営者とクリエイターをゲストスピーカーとして招き、「ビジネスとデザインのあいだ」にスポットを当て、参加者と共に語り合っていきます。 「ビジネスとデザインの溝が埋まると、きっと社会はもっと面白くなる」 その仮説と各ゲストの視点を元に、デザインの可能性を探っていく場です。

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